上野風月堂について

History of Fugetsudo

1923 大正のおはなし

関東大震災後、わずか3か月で店舗を再建​

1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災は、関東一円に甚大なる被害をもたらせました。当時、​上野公園には東京市の人口約250万人のうち、50万人が非難したといいます。​

順調に商売を軌道に乗せていた大住省三郎ですが、店舗のあった下谷区の被害世帯率は8割を超え、上野風月堂も焼失してしまいました。​

しかし省三郎は決してくじけず、なんと震災から3ヶ月後には営業を再開するのです。しかも店の裏手に、新しい工場まで新築しました。​

省三郎が工場を建てたことで、同じように全焼した京橋南伝馬町の風月堂総本店と、南鍋町の米津風月堂も、南鍋町に共同経営の工場を建てました。​

何もかもが焼けてしまった厳しい環境の中で、他の資本を入れずに自己の力で再建した省三郎の判断力、決断力が今日の上野風月堂の礎になったといっても過言ではありません。​

関東大震災からわずか3ヶ月後に再建された上野風月堂。​
後ろの煙突は工場のものです。​

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